岬ちゃん早く来てくれ!

学校出てから十余年、今じゃワープア低賃金。

車輪の一歩を見た。

 またぞろ車椅子が炎上していたので、車輪の一歩ってドラマを見た。斉藤洋介演じる車椅子の青年がトルコに行くくだりは涙なしには見られなかった。

 車輪の一歩の時代と違って今の世の中でバリアフリーなんて必要ないって言う人はいないんじゃないだろうか。理想を言えばすべての公共施設がバリアフリー対応になっていることなんだろうけれど、現実的には工期やコストの問題もあるし優先順位をつけて必要度に応じてやってこうって話になってるんじゃないかと。あまねく全ての駅がバリアフリーに対応せよって言ったって村に一人の高校生が卒業まで通学するために廃線を免れている駅とか山奥の林業作業員しか使わない駅にまで今すぐエレベーターをつけるってのも馬鹿馬鹿しい話だしさ、極端なことを言うと。

  世間の流れとしては大きな駅は当然エレベーターが付いて、小さい無人駅に関しては乗客の多い駅、車椅子客の多い駅を優先して順に設置していくって流れなんじゃないかと。件の来宮駅に関しても徒歩圏内の隣駅の熱海駅バリアフリー完備かつタクシーやバス等の代替手段もあって優先度が低かったんじゃないかなあ。それでもエレベータ設置を計画中だったと聞くし、何もやってないわけじゃない。

 そのへんの経緯を無視して、わざわざ小さい無人駅を選んで「今すぐ対応しろ、ナーウ」みたいな事を言ったとしても、共感は得られんだろうなぁ。ましてや地元民でもないし。もうそういう社会運動が求められた時代ではない。

 

 グラデーションの問題と言うかな、やっぱり東京駅や梅田駅にエレベーターが無いってのと地方のなんとか駅にエレベーターが無いだと同列に並べられないわな。

 車椅子の重さも関係してくるだろう。今回の炎上は100kgの電動車椅子を階段で降ろさせたってのがインパクト大だったし。これが20kg弱の車椅子なら印象もだいぶ違ってただろう。前者はまあ無理だわなって感じるし、後者はそれくらいやったってもええんちゃうって思っちゃう。これらを引っくるめて「車椅子を階段から下ろす」でまとめちゃうのもね。細かいことを言うと階段の段数とか勾配とかもあるんだけれど。

 

 車輪の一歩の結論は「迷惑をかけることを恐れるな」だったけれど、それはまず迷惑をかけているって現実を認めないといけないから辛いんだろうな。この手の問題で「バリアフリーが整ってないのは社会の責任なので、障害者側が配慮する必要も無ければ手助けしてもらっても感謝する必要もない」なんて意見を目にするけれど、そう思わないとやってられない現実もあるのだろう。出かけるたびに申し訳無さを感じて生きるのはきつかろうさ。傲慢な理屈だなと思うけれど、さほど怒りは湧いてこない。まあ何かしてやろうという気持ちにはならないだろうけれど。